ロンドン留学と就活と

大学3年生。高校の時1年間アメリカ留学しました。そして今回のロンドン留学について、就活、ファッションについて書きます。

うざい留学生

帰国後のうざい留学経験者の実態

自分ももしかしたら海外かぶれの痛いやつかもしれないけどあえてこのテーマについて書きたいと思う。

1. 日本語が出てこないと抜かすやつ

本当によくいるやつですね笑

最初に言っておくと、日本語が出づらくなることは場合によってはありえます。

自分の場合、高校生の時に留学した時、親、日本の友達との連絡を一年間経っていました(ケータイも持って行かなかった)。そしたら帰国直後、確かに日本語よりも英語の方が出やすい感覚が1週間ほどありました。つまり、日本語が出てこない風になるには、どれだけの期間、日本語を話さない、見ないっていう期間が多かったかによると思います。

それなのに、留学中毎日のように友達に電話したりSNSを見ているような人がそのようなことを言ったら大抵は嘘か日本語能力がおかしいとしか思えない笑

留学中も日本語を話しているんだったらそりゃとんでもないバカでもなければ忘れないと思うんですけどね......

ただ、英語の方がパッと言えるってことはありえるのでそこに関してはありえると思います

2.価値観の変化の話

これについても批判はありません。実際、環境や付き合う人が変われば考え方や習慣も変わると思う。(これって留学に限った話じゃないよね)

ただ、一年間など、比較的短い海外生活で360度価値観が変わるって今まで10何年間住んでた日本での価値観もろすぎねえかってことです。

もちろん環境が圧倒的に変わるので、新しい発見がたくさんあります。

ただ、根本的な考え方って何年もかけて形成されるものだと自分は考えているので、そこに留学経験で得た考えや知識が組み込まれるのかなって感じです。

また、単純に価値観という曖昧な言葉が自分は好きではなく、そういう話をするときは、定義付けをしてその上で話してほしいっていつも思う笑

3. 自己主張の意味を忘れるやつ

海外では自己主張しないと生きていけないんだよと言って乱暴にわがままであったり人を傷つける人が少なからずいる。

リスペクトを忘れた自己主張なんてただの暴力です。

ただ、自分を表現することは大切だと自分も思う。これは海外生活だけでなく日本でもね。

日本だと、自己主張しづらい文化、環境があるみたいに言われているけど、そのせいにしているのは格好悪い。

自分も自己主張が得意なわけではないけど、環境のせいではなく、積極性、勇気、行動力さえあれば誰でもできることだと思う。環境を言い訳にしてはいつまでたっても成長しない人間のまんまだ。

 

話はずれたけど、少し過激な意見だとも思うが、自分が単純にそういった人間になりたくないから書いてみました。

 

フューチャリズムについて

フューチャリズム??

フューチャリズムとは、フトゥリズモ(伊: Futurismo、フューチャリズム、英: Futurism)とも呼ばれ、過去の芸術の徹底破壊と、機械化によって実現された近代社会の速さを称えるもので、20世紀初頭にイタリアを中心として起こった前衛芸術運動(Wikipediaより)

 

自分は現代アートに興味があり、実際にイギリスの大学で勉強しているのでフューチャリズムがいかに思考において役立つかについて書きたいと思います。

現代アートは、政治、戦争、テクノロジーがとっても関係がある(というかメインテーマ)ので、アート的観点からこういった小難しいものを捉えるのはアートに興味がなくても面白いと思う。

 

 その前にウィキだけではとても不親切なので至らないところもあると思うけど自分なりにフューチャリズムについて解説したいと思います。

過去の芸術の徹底破壊?

簡単に言ってしまえば、今まで宗教画や見たものをそのまま描いた風景画がほとんどだった。(睡蓮で有名なモネなどの印象派)

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この睡蓮が私のお気に入り

 

それがピカソに代表されるキュービズムが新しい描き方を生み出したんだけど、フューチャリズムは描き方とかではなく概念丸ごと真っ新にして、どんどん生み出される科学技術やそのスピードについて描いています。また、フューチャリズムの人たちは戦争を賛美してるって過激な面もある。

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Umberto Boccioni "States of Mind"

本当は、ダダイズムであったり、大好きなマルセルドゥシャンについて書きたかったけど長くなってしまうので。。。

 

フューチャリズムのように既存のものをぶっ壊して、反抗することでまた新しいものが生まれるのは芸術に限った話ではないし、今、当たり前のようにあるものを疑ってかかる姿勢は見習うものがあると思う。

ただ、ダメなのは、反抗するだけのひねくれ野郎みたいになるのは、痛々しい笑

いつかもっとしっかり書こうと思います笑

 

 

英語資格試験、字幕英語の映画の話(私はTOEFLを受けたい)

自分が過去に受けた英語資格試験

中学校一年生の時に英検4級をとって英検はそこで終了しました。笑

高校の留学の時にスレップテストという今は亡きテストで必要な点数を取得しました(多分TOEIC換算で800点くらいだったはず)

大学の時にTOEFL,そして今回の留学でIELTSを取得しました。

 

いろいろ受けて思うことはそれぞれ特徴が違うし一概には言えないのですが、この中で日常に役立つのはどれかって言われたら迷わずケンブリッジ英検って自分はいう(受けたことないしmentionもしてない笑)

 

結局就活で必要なTOEICは個人的にウェブテストの延長みたいな感じで努力ができるってことの証明以外になんの意味もないと思う。

だっていきなり面接英語でやられたら9割の人は何にも喋れないでしょ、TOEIC2技能だし。だから英語を伸ばすツールとしてはTOEICがもっともおすすめしない勉強、もちろんTOEICで速読力がついたりするから無駄とは言わないけど。

IELTSの難しさ

留学前のIELTSは高校留学経験者としては恐ろしく低い点数を取りました

(OA:6.0 R:5.5 L:6.0 S:6.5 W:4.5)

一回も過去問見ていないというのは言い訳ですが、それにしてもリスニングが難しかった。色々なアクセントの人が出てきて一向に耳が慣れないまま終わってしまった感じ。

これに関しては英語を聞き込み、徹底的にシャドーイングするしかないと思う。

去年の12月にしっかりと対策した上で受けたらリスニングは8.0だったのでこればっかりは問題形式の慣れだと思う。

ただ、個人的には一問のミスが大きく得点に関わるIELTSよりも120点満点のTOEFL ibt

の方がおすすめ。結局どっちも25000円くらいするし笑

映画を英語字幕で観る

高校でも高校留学してるからクソほど役に立たないと思うけど、英語字幕で映画は7割はわかるイメージ。もちろんブリティッシュジョークやスラング、アクセント(コックニースコティッシュはお手上げ)が出てきたら字幕を頼ってもわからないことがあるけど。おすすめは自分が気に入ったやつ&アクションが少なめのやつ。とにかく継続すれば徐々に、自分が気づかないうちにリスニングは伸びると思う。

 

また、個人的に最近やっているのは海外のyoutuberを観ること。彼らは本当に友達と話すような会話をたくさんするしまさに生の英語って感じ。それに一個一個のコンテンツは短いから復習しやすい。字幕をたくさんつけてくれる人だったらなお最高なんだよね。

もうすこしちゃんとやってオススメ紹介とかできたらいいな。

 

 

 

 

 

人生のバイブル〜正直に生きる〜

私のバイブルはカミュの『異邦人』

 

異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 

自分にも正直で本音で生きていきたい。しかし、人間らしく本音で生きることは実は本当に難しく、非常識である。カミュの『異邦人』(新潮文庫、1954年)で主人公ムルソーの身に起こった出来事や行動を通じて、その事実を痛感した。本作品は二部構成から成り立っており、第一部ではムルソーの視点から日記のように記されている。

 

 ある日、ムルソーは母が亡くなったことを電報で受け取る。一切の悲しみの涙も見せずに通夜に立ち会う。そこで生前、宗教について考えていなかった母が宗教に即して埋葬してほしいと言っていたことを知る。

 

 冒頭の「きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かも知れないが、私にはわからない。」(p.6)という文だけでムルソーの無関心さや冷淡な性格が垣間見える。実際、ムルソーは基本的に見えるもの、触れるもの以外に関心を持たない性格が物語を通して淡々と描かれている。しかし、目に見える現象や景色については、「丘々まで連なる糸杉の並木、このこげ茶と緑の大地、くっきりと描き出された、まばらな人家」(p.22)のように細部に至るまで写し取られており、それによって具体性を好むムルソー人間性が強調されている。

 通夜の翌日、ムルソーは海水浴に行くと、元同僚であるマリイと偶然再会する。マリイと海で泳ぎ、その後映画を観に行ってムルソーの部屋で一夜を共にする。ムルソーはマリイにしばしば欲望を感じていたが、マリイに愛しているかと尋ねられると、それは何の意味もないことであるから愛していないと答える。ムルソーは普通の人にとって重大な意味を持つ愛や結婚に対して全く意味を見出せず、その時の身体的な欲求によってのみ行動するのである。

 別の日、隣人のレエモンと親交が深くなり、レエモンの友人とマリイと共に浜辺の別荘に行く。浜辺を散歩していると、レエモンと因縁があるアラビア人に再会してしまう。ムルソー匕首を持ったアラビア人と対峙し、しばらくの間、睨み合う。後ろを振り返り別荘へ帰れば済むことであったが、逃れられない太陽の圧倒的な光に耐え切れず前へ進み、思わずピストルでアラブ人を撃ち殺してしまう。

 第一部ではムルソーが今現在における身体的欲求や感情によって自由に生きていた様子が詳しく描写されていたのに対し、第二部では逮捕されたムルソーの裁判や獄中の数年にわたる生活が回想記のように記されている。

 裁判で、ムルソーにとって何の連なりも持たない偶然の連続によって引き起こされた殺人が、「その母の死の翌日、この男は、海水浴へゆき、女と情事をはじめ、喜劇映画を見に行って笑いころげたのです。」(p.120)と検事が言うように事件とは関係のないことで裁かれていく。ムルソーは殺人の罪によって無関心さや一般の人々とかけ離れた考え方といった人格的な面を糾弾されてしまう。裁判はムルソーの存在が消されたようにムルソーの意思が何の決定権も持たず進んでいく。結局、ムルソーは有罪となって死刑を求刑される。

 ムルソーは死刑を免れるために特赦請願を申請したが、特赦が認められるためには御用司祭に会い、神に許しを請う必要がある。ムルソーは神を信じていないので御用司祭の面会を拒否していたが、最終的に御用司祭と面会をするとムルソーに対して神に赦しを願い、希望を持って祈りなさいと言う。しかし、ムルソーは常に自分の信念に従って生きているのに司祭はムルソーの心が盲いていると言ったことによって怒りを爆発させ、司祭を罵倒する。この瞬間、ムルソーは改めて自分が正しいと感じ、幸福であることを確信した。

 ムルソーは母が養老院で希望を持つ意味を失い、死を待つだけとなったように牢獄で人間社会から完璧に遮断されたことで解放を感じ、生き返ったような思いになった。ムルソーはこの人間社会への別れによって、母が人生をやり直すために宗教に即して埋葬されたいと思ったことを理解した。

 この本と出会い、社会的な習慣や制度よりも自分の本心に対して素直に生きようとすると、社会からは受け入れられないと感じた。ムルソーは異邦人として扱われているが彼は他の人と同じように母を愛し、自身の欲求に素直に生きている一人の人間なのだ。ただ彼は世間の大多数とは違い、神や愛といった具体性のないものを信じず、海や太陽などの世界から享受されているものを愛しているだけなのだ。しかし彼の行動の本心は誰からも相手にされず、人間社会から追放されてしまう。この作品を通じて自分が正しいとするものと社会が正しいとするものは一致しないと感じた。自分の今までの生き方や将来やってくる死について、深く考えさせてくれる一冊である。

ネイティブみたいになるための英語勉強法とは

日本の英語教育は間違っている?

英語について話したいと思います。まず結論からいうと

もしネイティブのような発音になりたいのであれば間違っている

と私は考えます。

今、日本の英語教育は変わってきていると思うので僕の時代

と教え方が違うかもしれませんが、個人的には、lrも区別し

て発音してできない人が英語の先生になれることが驚きです。

人間、言葉を覚える時、耳から入ります。何が言いたいかとい

うと、私たちは誰も日本語の勉強をして日本語を覚えたわけで

はないですよね。つまり、音を聞いてなんとなくその音を覚え

て後々文字と結びつけて私たちは日本語を習得しました。他言語

でもやり方は同じです。

 

僕も偉そうなことを言える立場ではないのですが、小さい頃から

色んな国の方と出会い、音のシャワーを浴びてきました。中学に

なっていざ科目として勉強するようになったときは、とにかく

ひたすら音読していました。というか教科書の長文全部覚えてました。

音が最初に入ることでスペルに発音を引っ張られなくなるし、そもそも

lとrは違うものっていう認識だったので多分一般的な日本人よりは英語が

正しく発音できると思っています。なので、英語は絶対に音から入った方

がいいです。

 

発音の勉強法

所詮私は偽帰国子女で1年間の留学経験があるだけなのでネイティブ

にはほど遠いです。今こっちで割と時間があるので、日本にいたとき

に買った"American Accent Training"という本を使っています。(お前が

いるのイギリスやないかい) 全部英語なんですがとてもわかりやすく、

綺麗な発音を手に入れられると思います。

 

American Accent Training: With Downloadable Audio (American Accent Traning)

American Accent Training: With Downloadable Audio (American Accent Traning)

 

 よくある話題だしあんまりまとまってないけど、結局本当に重要なことは、

どう"英語を話すかじゃなくて英語で何を話すか"なので、たくさん本を読んだり

人に会ったりして、自分の知識を深めていくことの方が人生において大事なん

じゃないかな〜。

 

 

英語のために留学行くの?〜圧倒的主観による留学の考え方(語学学校か大学留学か?)

YOUは何しに留学へ?

※最初に断っておきますが、あくまで個人的見解です。

よく、英語が喋れるようになりたいから留学に行くという人がいます。

正直な感想として、そんな今の時代日本でもできるようなことに何百万もかけるのかと、、、

言語なんて結局何かをするためのツールでしかないのでそれが目的として留学してはお金に見合った成果は得られないと思う。

また、自分は大学生なので就活的観点から行くと留学したことをアピール

するなら英語力ではなくて実際に現地で何を感じ、何が困難で、

それをどう成し遂げたかを論理的に話せないといけないので、

英語力なんてTOEICで見られておしまいだろうし、留学中何もしなかったの?

ってなっちゃう。

 

多分、留学のいいところは完璧に日本とは異なる環境であるので、

いろんな困難に出会えることだと思う。自分は特にそうだが、

日本にいると何も考えてなくてもそれなりに友達もいて、便利なもので

溢れているし、実家暮らしなので飯もでる。そうなると意識しないと

ただ時間だけが過ぎちゃうんだよね。留学はその点、言語も

カルチャーも違う、友達も最初はいないっていう赤ちゃんみたいな状態

からスタートするからそこで自分で行動すれば、いくらでも成長できる。

(自分は最近堕落してるけど、、)

もし留学に悩んでいるなら英語ではなくてなぜそこに行きたいのか、

何を成し遂げたいのか、帰国後どうなっていたいのかをしっかり考え、

伝えることができればばきっと両親も留学してこいって

納得してくれるはず(経験談笑)

語学学校or学部留学

これもとんでもない主観だと思うけど結論から言うと

学部留学一択ですね。前述した通り、英語を学ぶんじゃなくて

英語を使って専門分野を学ぶ方がその方が大変かもしれないけど

得るものも多いはず。そもそも、語学学校に行ってしまうと

その国にきているのにその国出身の人と出会うのはかなり難しい

、先生くらいかな。結局日本の英語学校みたいにノンネイティブ

の友達しかできない。

さらに言うと、語学学校のクラスは自分と同レベルの英語力

の生徒しか基本的にはいないので、ある一定の英語力になったら

そこから上げるのは難しい。現地の友達を作るのも難しいし、

イギリスでいうと語学学校のVISAじゃ確かアルバイトも出来ないので大変だ。

もちろん語学学校にメリットもある。英語レベルが近い上

にみんな話せるようになりたいと思っているのでクラスで

友達は作りやすいと思う。

でもどっちか悩んでいるんだったら僕の中では100%学部留学。

そこで英語で毎週のように論文を読んだりプレゼンしたりしていく中で、

新しい知識がつくし、何より大変だからこそ、成し遂げた時の達成感

も段違いなはず。繰り返すけど、その国に来ているのにその国の人

としゃべる機会が少ないなんて勿体なさすぎる笑

個人的な意見だから、あてにはならないと思うけど参考にはなると思う。

まとまりがなくなってきたのでここら辺で。

 

音楽の話〜How to Save a Life?

The Fray

自分は人一倍音楽を聞くのが好きですが、海外の曲で自分のお気に入りの曲を一曲あげるとフレイの"How to Save a Life"はかなり上位に入ってくると思う。ちなみに日本人アーティストならBump of Chickenが好きです。


The Fray - How to Save a Life (Official Video)

この曲はボーカルのIssacが薬物中毒の子達に面会してできた歌と言われていますが、きっと一般人からするとなんでそんなことをするんだとか、薬物で気がおかしくなっただとか思うかもしれません。でも、彼らはただ自分たちに寄り添って欲しくて、助けて欲しいだけなのですが、親であったり友達には理解されず、さらに傷ついていきます。きっとIssacも彼らを目の当たりにして、どういう風にこの子達を救えるのかわからなかったのだと思います。だから歌にしてせめて気持ちを届けようとしたんだと思う。

 

個人的な意見として、この歌のいいところはハッピーエンドってわけじゃないところ。日本の人気アーティストはとりあえず笑顔で生きようみたいなしょうもない歌詞を書いてる感じが否めないが結局人を救う方法なんて誰にもわからない。僕は人と話すときは楽観主義だけど本当は超現実主義で、淡々と物事や人を判断してしまうところがある。だからこの曲みたいなハッピーって感じでもなく、どこか詩のような、そして少し切ないピアノの音に惹かれたのかなと思う。

何か悲しいとき、苦しいときにこの曲は本当にオススメです。まとまりないけどこの辺で。。。